◯年○月○日
蛇祭り
郷土には奇祭と言われる伝統行事がいくらかある。「由良の練り子祭り」「内膳の火祭り」「薬王寺の力餅」など色々数えられるが、「蛇祭り」もその一つである。
淡路島緑町に安住寺という地区がある。1月十一日が蛇祭りの日で、地域の集会所に各家から人々が集まり、わらを編んで8ひろ(約13メートル)の大蛇を作り、その大蛇をかついで村中を練り歩き、五穀豊穣、無病息災を願うのである。
もう15年も以前にこの地域の学校に勤めたことがある。郷土学習の必要性が叫ばれた時でもあり、子供達にも地域の行事に積極的に参加させようということで、安住寺の世話人にお願いしたことがある。小学校の3年生の社会科に「地域のくらし」という学習内容があり、それに合わせて参加することとなった。安住寺の住職の宗教行事もあるので懸念されたが、現場へ行くと「先生、よう来てくれた。まあ一つ」とコップ酒を頂戴していい気になり、子供達全員に菓子袋までいただいた。
住職さんは、子供達に蛇祭りの経緯まで分かりやすく説いてくれた。昔、地域を荒らす大蛇がいたので退治したところ、大蛇の恨みで凶作が続いた。そこでわらで大蛇をつくり手厚く供養したところまた元のように豊作になったと言われているそうである。500年ほど前から続いている祭りである。当時、初めてビデオカメラを手に入れたので、この奇祭を「初撮り」しようと張り切っていた。
「今年の蛇はようできたのぅ」と長老がいっていたが、何しろ100キロほどのわら細工であり、なかなか思うに任すようにならない。頭の部分はむしろ状に編んで形作り、眼はミカンで代用、口は大きく裂け、赤い布の舌で威嚇させている。胴体は太さ7寸もあろうか、わら縄でぐるぐると巻き付けている。なかなかの重量で子供達の手に負える代物ではない。
各家々へ練り歩くのであるが、人を捕まえてはとぐろを巻き付け、大きな口で頭を飲み込む、「これで無病息災じゃ」「祝いましょう」「祝いましょう」と、逃げる人、追いかける大蛇でにぎわいとなる。
ここぞとばかりカメラを向けるが、初めての操作で失敗が多い。後で見ると地球ばかり写していた。
最後には村の名主さんであった家の前の椋の大木に大蛇を巻き付けて終焉となる。そして、大蛇を担った子供達は明日の地域の担い手として成長していくのである。
今日の川柳
蛇祭り Snake Festival, - YouTube 子供らにくすぐられては練る大蛇
蛇祭りが段々畑の畦を這い
蛇祭りの歴史聞く子の目が光り
高田いろは
◯年○月○日
詩の効用
まじめな会で挨拶をしなければならない時に、はじめに一寸、俳句や短歌を入れたりすると印象に残るし、カッコが良いと思われることもある。
卒業式の式辞の頭に郷土の偉人、永田秀次郎の俳句「ふるさとの細き流れやねこ柳」を入れて、早春の風情を出すように工夫したことがあった。たまたま卒業式であったので来賓もあり、聞いた人も多かったのであろうか、永田秀次郎の孫にあたる現在の県会議員、秀一さんが、
「卒業式におじいさんの俳句を取上げてくれてありがとう」と、わざわざお礼の言葉をかけてくれた。地元の人ならみんな知っている名句であるが、それを聞かせる機会はあまりないので良かったのだろうか。別に演出効果を狙ったのでもない。
次の年の式辞には、あまり同じ俳句もつかえないので、子供の教科書から「山路きてなにやらゆかしすみれ草」を引用した。もちろん何の反応もなかった。
ある会の挨拶で、今日のように寒い日であったので「寒いねと話しかければ 寒いねと答える人のいるあたたかさ」という短歌を俵万智の「サラダ記念日」から引用した。この会に参加していたある中学校長から電話がかかってきた。
「先だっての会では色々どうも・・・・」と一通りのお礼があって、
「実は、先生に聞いたあの短歌を、朝会の時に生徒に話をしたんですわ」
「ふんふん、そりゃ子供にもよく分かる短歌でよろしいなぁ」と相槌を打つ。
「ええ、それが昨日の私立高校の入学試験問題に出ましてなぁ。なんでも、短歌の最後の五文字に適当な言葉を選べという問題でして」
「そりゃまた奇遇でしたな、別に試験問題作成者でもないんですがね」と私。
「いやぁ、それでとに角、内の受験生はそこの「あたたかさ」のところは全員正答が出来まして、みんな国語で10点ずつ儲けたんですわ、校長先生の朝会の話しがそのまま出たといって大喜びでして、それで先生にまずお礼をと・・」校長さんの声は弾んでいた。
厳しい受験戦争の中で、1点でも良い点を取らせたい、1人でも多く合格させたいと頭を悩ましている校長さんにとってはよほど嬉しかったに違いない。
「それは校長さんの指導の賜物ですわ」と称えながら、妙なところで挨拶の効用があるものだと内心ほくそえんだ。
この冬一番の寒波襲来、大雪警報が出た。そんな中で心あたたまる歌の一つも出来ないものだろうか。
今日の川柳
雪の日にお前を産んだと言った母
風花はこんな雪だと手でつつみ
外は雪むかしばなしができる夜
高田いろは
睡蓮の知恵
「睡蓮の伸びるのが早いね」とホヘト氏。
昨日植え替えた睡蓮、まだ水中に沈んでいたのに、今日になると早や水面にまで伸びて葉を浮かべていると言う。
「早く世間の様子を眺めたいのだろう」その成長ぶりはタケノコにはかなわないが、一夜で4~5センチも伸びるのでいろはさんも驚かされる。
「睡蓮の睡は眠ると言う意味だが起きてるのかなあ」寝る子は育つではないらしい。
「それにもっと驚かされる睡蓮の知恵があるのだよ」といろはさんの言うには、
寺田寅彦の随筆「藤棚の陰から」の中の一節だが・・。
『睡蓮を作っている友人の話である。この花の茎は始めにはまっすぐに上向きに延びる。そうしてつぼみの頭が水面まで達すると茎が傾いてつぼみは再び水中に没する。そうして充分延び切ってから再び頭をもたげて水面に現われ、そうして成熟し切った花冠を開くということである。つまり、最初にまず水面の所在を測定し確かめておいてから開花の準備にとりかかるというのである。
なるほど、睡蓮には目もなければ手もないから、水面が五寸上にあるか三尺上にあるかわからない。もしか六尺も上にあったら、せっかく花の用意をしてもなんの役にも立たないであろう。自然界を支配する経済の原理がここにも現われているのであろう。
このつぼみが最初に水面をさぐりあてて安心してもぐり込んだ後に、こっそり鉢はちをもっと深く沈めておいたら、どういうことになるか。
これは一度試験してみる価値がありそうである。花には少し気の毒なような気はするが。』
「いろはさんも花の色がどうのこうのと言うより、もっと科学的に観察しないと・・」とホヘト氏が釘を刺すのである。
今日の川柳
睡蓮を褒めて一鉢貰ろていに
水面に合わせて咲かす花の知恵 すいれん写真→ すいれん色々 02 - YouTube
睡蓮を咲かせる泥の栄養素
睡蓮の色におぼれて歳を恥じ
いろは
〇年○月○日
沼島のハモ
京都の加茂川に、早くも納涼床がつくられた。
舞妓さんのサービ スで涼しげに一献かたむけている様子は羨ましい。
この頃になると料理の主役はハモ(鱧)である。 鋸のような歯をもち凶暴な風体の魚であるが、一度料理人の手に掛かるとこれほどの珍味はない。
小骨を切 ってはじけた白い身が、ガラスの器で氷の上にそっと並べられると、ビールの味もひときわで、納涼の風物詩が 醸し出され る。
ところで、ハモと言えば、淡路の沼島で捕れるのが有名。品質も最高で市場に出れば、そのネームバリュウだけで、高値が付くと言われており、最近は漁も少なくなったこともあり、地元でも味わえる機会が少なくなってきている。
正に高嶺の花で貧乏人にはかきつくしまもない。せいぜいテレビで見るくらいのことだ。
今日の川柳
出世した沼島のハモと京で会い
沼島紹介 迫力の絶景!淡路島沼島!日本神話発祥の地!おのころ島一周ツアー!上立神岩とおのころ神社を巡る旅! - YouTube
11-02-14
言葉の怖さ
国会のいろんな委員会で質問や答弁のやり取りが行われている。このところ話し下手で名の通った小渕総理は答弁要旨を片手に四苦八苦している。
答弁要旨は前もって質問内容を知り、これに精通した官僚の各担当がまとめて作成し、決済をとったものである。普通は読みやすいように大きな文字で1行とばしに書くこととなっているが、答弁者によっていろいろ違う。以前、ある大臣が糖尿を患い視力が極端に悪かったため、梅干大の文字で答弁用紙を書いたがそれでも間違ったと言う。
原稿の注意書きで「ここでお茶を飲む」と記入していたのをそのまま読み上げた人もいたという。田中真紀子議員は「ここまでは官僚の書いた答弁で今からは私の答弁です」と、途中から自己主張したこともあった。
答弁の内容は予算と裏腹である。「…・・推進します」「…・・図ってまいります」「…・必要であります」などと言葉を吐けば、何億、何千万の予算をたてなければならなくなる。「…・・検討してまいります」「…・近い将来…・」「…・十分に考慮して…・」などの言葉尻であれば「…・実施しない」と言う意味であり予算の心配はない。答弁者の言葉の端々、ちょっとした言葉の違いで大変なことになるのである。
プロのアナウンサーでもミスが多い。紅白の司会をした宮崎アナなどはしょっちゅうミスって松平アナをどぎまぎさせている。これも以前の紅白歌合戦で 、都はるみがこれを最後に引退するというクライマックスで「ひばりさん、ひばりさん」と呼び間違えて首になり、一生を棒にふったアナウンサーもいた。
八百屋お七でも「お七、十二か十三か、十四と言えば良かったに、十五と言ったばっかりに、百日、百夜は牢の中…・・」江戸中引きまわしの上、極刑に処せられた。江戸時代の少年法は十四歳では該当しなかったようである。
今日の川柳
それではと言いつつ門で無駄話
聴衆を静かにさせた咳ひとつ
能弁を無口にさせたカニ料理
高田いろは
〇‐〇―○ 毒 気
さしも遠き頃にあらず、淡路の島に熟年の男ありて名を好介と呼ぶ。
職は饅頭屋、この辺りの老舗とて屋号は鈴木堂といえり。されど世の流れ、時の流れは人を待たず、おのずと人の嗜好は饅頭から洋風菓子に移り変はるとも、田舎の慣わしは変はることなく、冠婚葬祭の引き出物に必ずや慣行の饅頭を用いること多く、鈴木堂の饅頭を重宝せり。
ある日、隣村の旧家、山田氏より普請内祝いとて、紅白に蒸しあげし饅頭を、鈴木堂店主、好介どんが目出度く納めたてまつる運びとなりしと覚えあれ。
納期にいたりて、両の手に饅頭の箱を下げ、山田家の門を叩くや否や、座の下より身の丈二尺余りもあらむブチの大イヌが好介ドンに飛び掛りたり。
不意を討たれし好介ドン、両の手は目出度き饅頭を抱えたれば、打ち払いて避けることあたわず、ガバッとばかりに右の尻こぶたを噛まれけむ。
「この犬め、ただではおかず」と、思いしが、山田家には目出度き普請祝いのこの紅白饅頭、日ごろのご贔屓が心をよぎり先ずは辛抱と、イヌの主には文句のひとことも言わずもがな、腹立たしきを我がの心中に押し留め、噛まれし尻をさすりつつ、その場はそれにて治めたり。
件の頃より一月のみ後のこと、山田氏より初孫誕生の内祝いとて再び紅白の饅頭の注文これあり。配達に当たりては、好介ドン、今度こそイヌにご用心これにしかずと、恐る恐る山田家の門を叩けども、大イヌの影は見えず。山田家のご当主に、
「お宅のかしこきイヌはどうされたのじゃな」と、尋ねたらば、ご当主曰く、
「うん、家の番もよくし賢きよきイヌじゃったが、普請のころより、毒気に中たりしか三日ほど寝込んで往生してしもたわい」
それを聞きて好介ドン、思はず右の尻の噛み跡に手をやり思案しきり。
「はては雪印牛乳の例あり、製造中止のおとがめ有りや」と案ずるも止むごとなきかな。
「いや待て イヌは饅頭を食したに非ず はてさて・・・」
と首をひねり、思わず尻こぶたの傷跡をねんごろにさすりたり。
以来、近郷のイヌどもは好介ドンの影を見れば尻尾を巻きて、
ひたすら避けて遠ざかるとか言い伝へこれあり。
諭鶴羽山
年開けて恵方の方角に 諭鶴羽山が雄姿を見せている。
諭鶴羽山は淡路島の南側に横たわる島の最高峰 と言っても標高608メートル。
「と言うことは 東京スカイツリーより低いのだねえ」と、ホヘト氏は負けず嫌いである。
東京スカイツリーは地上 634メートルで武蔵と語呂合わせで、その高さを自負している。
「それが どう見ても 諭鶴羽山の方が 高く見えるのだよ」雲がよぎり 霞がかかり 天空にそびえ立ち 威風堂々としている。 と いろはさんも郷土の誇りだと言う。
「東京スカイツリーは 早くも20数万人の観光客が訪れ その界隈も商店が立ち並び賑わっているらしいよ」新しい観光地として発展していると 2人は話始める。
「諭鶴羽山は大きな屏風のように風を防ぐからなあ」 冬の北西風はこの山で遮られ
南側の灘地区では シャツが1枚違うとその温暖ぶりが吹聴され 最早 野生の水仙が咲きだしたと言われる。
「それに信仰の対象やし・・」 古くから修験者の修行の山、頂上には諭鶴羽神社がある。
新年には参拝者の車が連なる。
「祭りもあるしね」春の大祭には大勢の氏子で賑わう。
「諭鶴羽山は 東京スカイツリーよりは低いけれど 信仰があり 歴史があり 文化があるねえ」と頷く年寄りたち、
「東京スカイツリーも 新しい文化を創造して欲しいねえ」と老婆心である。
今日の川柳
ビルの先まだ先の先スカイツリー
初詣景気浮上と自民党
新年や税金増えて減る年金 いろは
※諭鶴羽神社祭り 諭鶴羽神社春祭り - YouTube
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